人は感動したい生き物だと思う。人は感動すると、感動したことに感動する。人は感動するために映画を見たり、コンサートに行ったり、美術館に行ったり、本を読んだりする。感動を期待して、実際に感動できると感動した~と思って満足できる。でもいつも感動することばかりだと、だんだんそれが当たり前になってしまって感動できなくなる。一種の脱感作である。基本的には感動したいけれど、他人からの感動の押し売りというのは遠慮したい。微妙なものである。人はまた、感動したくていろいろなイベントを企画したりする。でもそういうとき、目的は感動するためです、とは言いにくい。さあ感動しましょう!なんて言われたら、やっぱりちょっと引いてしまうし。本当に微妙なところである。でも「感動が得られそうだ」という期待感は、何かをするのに大きなドライビングフォースとなる。でもそれを全面に押し出すと逆効果になってしまう恐れがある。感動的なスピーチ、と多くの人からいわれるスピーチがある。感動するから聞いてごらん、といわれたときのレスポンスも、50対50ではないだろうけど二つに分かれると思う。私はどちらかといえば、感動しやすい方だと思っている。内容にもよるけれど、プロジェクトXみたいな類の話にめっぽう弱い。でもそれを直接的に表現するのはあまり得意とは言えない。意外と素直じゃないのかも(^^;)。とりとめもなく、珍しく抽象的なことを書いていますが、感動できる、というのはもしかしたら人間だけが持っている特権かも知れないし、それを押さえ込んだりするのは非常にもったいないなと思う。感動というのは、生きる力にる。ならば日頃から、もっと素直に感動を求めてもいいのかも知れないな。だってやっぱり、感動すると感動するから(笑)。

投稿者: A-POT シリコンバレーのバ... 投稿日時: 2007年3月31日(土) 00:47