しばらく前から、学生さんたちと話をするときにエラそうに語っている3つのメッセージがある。それぞれの頭文字をとってMKT practiceと呼んでいる。ごくごく普通のことではあるのだけれど、私なりの意図を詳しく説明する時間がないことも多いので、ちょっと書いておこうと思う。

M:目の前のことをしっかりやろう
K:緩急をつけよう
T:提案をしよう(ほうれんソテー)

『M:目の前のことをしっかりやろう』
いつの頃からか、「やりたいことを仕事にしよう」とか「やりたいことは何か?」みたいなフレーズを頻繁に目にするようになり、若者は自分がやりたいことがはっきりしていないと肩身が狭いような時代が続いている気がする。でも若いうちから自分のやりたいことがはっきりしている人なんてごく一部なのではないだろうか? 自分もずっとはっきりしなかったし、ていうか今でもまだ考え中だし(笑)。ここでは、別にわからないならそれでもいいんだよということを言いたい。

若いうちからやりたいことがはっきりしている人の例としては、たとえばキングカズとかイチロー選手、浅田真央選手などがわかりやすい。この道一筋で生きると決めて、ストイックに自分を追い込み、その結果実際に成功している姿はカッコいいし、理想のケースかも知れない。ただ言うまでもなく、世の中の大多数が同じような道を歩めるなんてあり得ない。だって一流のプロは一握りしかいないからこそ一流たり得るのだから。

そんなんじゃなくても幸せで成功裏な人生を送ることは十分可能なはずだ。まだ社会に出てもいない学生のうちに、やりたいことがわからなくたってある意味当たり前である。実際サクセスストーリーとして語られるケースの多くは、最初から見えていた道筋を辿ったというよりも、その時その時に目の前のことをしっかりやってきたことの積み重ねの結果である場合が多い。スティーブ ジョブスの有名なスピーチの中の、点と点が後からつながって線になる、という感じ。

だから自分の天職が何かわからなければ、そのことで悩むのではなく、とりあえず目の前にあること、とりあえず今興味があること、できることを一所懸命やっていればいいと思うのだ。大事なことは、手を抜かないこと。常に考え、もっと改善/改良できることはないか、別のいい方法はないかなど、真剣に取り組んでさえいれば、次のオポチュニティが現れる可能性が高まる。それをつかむ準備さえできていればいい。どなたかの言葉で、「下足番を言いつかったら日本一の下足番になってみろ。そうすれば誰もお前を下足番にはしておかぬ」みたいなのがあるけれど、そういう意味でもある。

昔あったつまらないと言われる職業の典型的な例に、お茶くみとコピー取りだけが業務のOLというのがある。これにしても、ただつまらないと文句を言うのではなく、創意工夫の余地はいくらでもあると思うし、プラスアルファのことをする余地はある。そういう努力を続けていれば、誰かが見ていて引っ張り上げてくれる可能性は高まるはずだ。

『K:緩急をつけよう』
これは大変失礼で申し訳ないのだが、しばらく前のサッカー日本代表に例えるとわかりやすい。日本代表のフォワードは攻撃だけでなく献身的な守備も求められる。つまり自陣のゴールエリアから相手のゴール前まで80メートルくらいを何度も行ったり来たりしなければならない。これは非常に消耗するはずだ。これに対して相手のセンターバックは味方のコーナーキック以外でそんなに攻撃に出てくるわけではないので、単純に考えるとスタミナの消耗は日本のフォワードより少ない。この条件で、日本のフォワードには決定力が求められる。つまり相手のディフェンダーよりたくさん走ってへろへろになりながらも、そのディフェンダーを抜いたりかわしたりしてシュートを決めなければならない。これは日本の社会全般にも当てはまる場合が多い。常に100%かそれ以上の働きを求められ、その上ブレークスルーやイノベーションという名のゴールを求められる。こういうのを無理ゲーって言うんじゃないの?

昔のブラジル代表のロナウドという選手は守備をしないので有名だった。常に前の方にいて、味方のピンチでも自陣に戻らずにぼけっとしてる。ところが一転して味方が攻撃に転じ、彼にパスが通ると、ひとりで相手ディフェンダーの二人や三人はさくっと抜き去ってゴールを決めてしまう。サッカーでもその他の仕事でも、目指すのはゴールを決めることで、その過程でどれだけがんばったかではない。そういう意味で、様々な現実の事情はさておき、理想的なのはロナウド的なやり方であることは間違いない。

これを可能にするのが「緩急」なのだと、シリコンバレーに長く住むにつれ、強く思うようになった。常に全力疾走していたら、ここぞという時に瞬発力が出ない。アメリカ社会ですごいなと思う点のひとつは危機に強いところなんだけど、それは普段の暇なときはリラックスしているからこそなのだと思う。まあリラックスし過ぎで、平時にはイラッとすることもあるのだけれど、多分それくらいでいいのだ。

私の会社の同僚も、仕事上のいいアイデアは家でシャワーをしているときに思いつくことが多いと言っているが、それも同じことなんだろうなと。日本の組織は、ひとりひとりがそれぞれのペースで、緩急をつけながら仕事をすることがもっと許されるようになるといいなと思う。

『T:提案をしよう(ほうれんソテー)』
これは以前ブログに書いたので、そちらを参照いただきたい。 

以上、私から若者に送るMKT practiceでした。

投稿者: A-POT シリコンバレーのバ... 投稿日時: 2015年11月23日(月) 23:12