医薬品の探索研究、いわゆるドラッグディスカバリーにおいて、気をつけなければならないことはもちろんたーくさんあるのですが、メディシナルケミストリーにおいて最も重用だと私が思っていることがあります。私たちメディシナルケミストは、日々新規な化合物を作っています。新規というのは、今まで世界の誰も作ったことがないという意味です。今まで存在しなかったということは、その化合物がどんな生理活性を示すかは基本的に予測不可能なわけです。多くのものは人畜無害である一方、多くのものが強力な生理活性、時には思わぬ毒性を持っていたりもします。特にプロジェクトが進んで、最終的な最適化を行う段階になると、合成するほとんどの化合物が非常に強い活性を持っています。たとえそれが目的とする作用であったとしても、同時に何らかの副作用を持つ場合も少なくありません。私が今担当しているプロジェクトのひとつは非常に活性の高いものを扱っていて、うまくいった場合のヒトでの投与量が1日あたり1ミリグラム以下になる可能性が高いものです。前回も触れたように、1ミリグラムというのは、1円玉を1000等分した重さです。でも開発の段階ではどれくらいたくさん投与したら毒性が出るかみたいなことを含めて様々な試験をする必要があるため、それなりにたくさんの量を作る必要があります。現在20グラムくらいのスケールで合成を行っていますが、これって薬効量の2万倍!?みたいな感じです。同じクラスの薬で先行している他社品には、確率的には非常に低いもののちょっとコワイ副作用などもあったりするので、もしも誤って大量に摂取したら私は死んでしまうかも知れません。従って、たとえ少量でも間違って粉末を吸い込んだりしないよう、取り扱いには細心の注意が必要なわけです。上記のようなケースに限らず研究開発のどのステージにおいても、世界で初めて合成された化合物の生理活性は誰にもわからないわけですから、どんなものも細心の注意を払って取り扱う。これが私たちの基本スタンスであるべきです。そして製薬会社のケミストリーのラボには、いつもそういう化合物があります。上記はやや極端な例かも知れませんが、みなさんも見学などの機会がありましたら、一応そういうこともあり得るということを頭の片隅に置いておいていただくとよいと思います。

投稿者: A-POT シリコンバレーのバ... 投稿日時: 2010年5月25日(火) 23:29