ここは大きな別れ道ですよね。しかしここで私がイエスとかノーとか言える問題でもありません。ひとつ言えることは、将来バイオインダストリーで海外に出て働く(かも知れない)という可能性を少しでも考えるのであれば、博士号は非常に重要だということです。そう、博士号は日本国内よりも海外に出ることで、伸び伸びとその力を発揮するのです!なぜ海外に出る場合に、博士号がより重要になるのか。それは前回も書いたとおり、少なくともアメリカでは博士号取得者と、修士および学士との間には、大きな線引きがあるからです。医薬品業界の研究職の場合、いわゆる研究員はScientistと呼ばれ、これはPh.D.であることが前提です。修士や学士では、Research Associate(RA)と呼ばれる研究補助職としてしか採用されません。つまり博士号は、それがないと研究をさせてもらえない、研究者であるための運転免許証のようなものなのです。しかし免許証ですから、逆にそれを持ってさえいれば、最初はポスドクかも知れませんが、研究職のチャンスを得られる可能性はぐっと上がります。しかも日本で取った免許証(博士号)は、アメリカでも問題なく有効です。たとえばアメリカの大学生が、将来製薬会社の研究職に進もうと思ったら、進むべきかどうかなんてことは悩まず、当然のこととしてPh.D.コースへと進むわけです。ただし中にはBSやMSで一度社会に出て、数年してから大学院に入り直す人もいますし、卒業後直ちに進学するとは限りません。博士課程に進むべきかどうかでもうひとつ考慮すべきことは、以前までならば日本の製薬会社で研究をしていく中で、論文博士という形で学位を取得するチャンスもあったのが、これからはそれがかなり難しくなるであろうということです。一方で、社会人ドクター制度は多くの大学で実施されている模様ですので、そういう形で後からでも学位を取れる可能性はあります。しかし会社での仕事がどんなことになるか、事前にはわかりませんから、将来社会人ドクター制度を利用して学位が取れるかどうかは、確実性には欠けます。上で海外に出るには博士号が重要という書き方をしましたが、実際問題として、海外に出たいと思ったときに、博士号がないからまず大学院に入り直すというのは現実的にはかなりのバリアとなるでしょう。一方、既に博士号を持っている場合、ポスドクを含めた研究職として海外に出るバリアは、持っていない場合と比べれば、かなり低くなります。未来がどうなるかは、誰にもわかりません。ですからあなたが日本の社会の状況と自分のキャリアを考えたときに、海外に出るリスクと出ないリスクをどう評価するか、もちろんこれは考えるべき多くのことがらの中のほんのひとつに過ぎませんが、そのあたりも博士号を取るか取らないか、取るとすればいつどこで取るかを決めるひとつの判断材料となるかも知れません。ちなみに最初から将来(少なくともしばらくの間)は海外で働いてみたいというつもりならば、大学院から海外に出てしまうのが、たとえばアメリカの場合、ビザの問題や就職のしやすさという点でも一番オススメ、一番いい方法です。すでに日本で修士課程にいるという場合、2年くらい余分に費やすことになりますが、長い目で見ればそれほど大きなことではありません。むしろあの時思い切って決断してよかったと思える確率は意外と高いのではないかなと、私は思います。ただし、アメリカの現在の就職事情も日本と五十歩百歩です。むしろより厳しいかも知れないということは記しておきます。でも今から数年後は・・・。前回も書いたように、特に日本の製薬企業の博士への期待値は非常に高くなってしまっていますから、安易な理由で博士課程に進むと、あとあと厳しい状況になる可能性は高くなります。ですから誰がなんと言おうとアカデミアの道を目指すのか、あるいは海外を目指すのか、あるいは他に何か自分なりの明確な目的があるのでない限り、日本での博士課程進学はもう一度よく考えてみた方がいいかも知れない、と思います。その一方で、同時に海外の大学院への進学というものも、もう一度考えてみる価値があるかも知れません。アメリカでは、一度社会に出てから大学院に入り直す人も珍しくありませんから、語学の準備が必要なら大学卒業後、1年くらいをその準備に費やしたってどうってことないわけです。もちろん経済的なサポートがあればということにはなりますが。もうひとつ、日米の大学院には大きな違いがあります。日本では博士課程を終えるまで、ひたすら学費を払い続けなければならず、生活費も仕送りとか自前で調達しなければならないのに対して、アメリカでは、Teaching Assistant (これはある程度英語がきちんとできる必要がありますが)として報酬がもらえる場合もありますし、ラボでの研究を遂行することはResearch Assistantとしての仕事であるということで、こちらも報酬が出るといいます。このおかげで実際には授業料プラス最低限の生活費がまかなえる場合も多いのだそうです。日本でストレートに行くのと比べて、たとえ1,2年余分に費やしたとしても、日米のこの違いを考えれば、検討の価値はあると思いませんか?このシリーズは博士取得者の製薬企業への就職について考えるということで始めました。それがここへきてなぜ海外、海外と言い出すのか、不思議に思われるでしょうか。しかし製薬企業は何も国内の会社とは限らないですし、さらにせっかく博士号を取るのであれば、むしろ海外の方がそれを生かせるかも知れないということを考えてみてもいいのではないか、と思うからです。左の著者プロフィールを読んでいただくとわかりますが(無駄に長いのでご注意ください、^^;)、実は私自身は、学生の頃に博士号を取るとか、海外で働くとか、そんなことは本当に露ほども考えたことはありませんでしたし、そんなことは自分には絶対にできないと思っていました。でも気がついたらかれこれ9年近くもアメリカの会社で働いています。これは論文博士ではありますがその前に学位を取っていたからこそ可能でした。そして自分よりずっと前から、たくさんの日本人がいろいろな形で働いていたんだなということを知るにつけ、そんなに突拍子もなく大変なことではないんだということがわかりました。ここシリコンバレーは、アジア人:白人:ラティーノがだいたい1:1:1という人口比率です。つまり3人に1人はアジア系なわけですが、たくさんいるとはいっても日本人はその中でかなりのマイノリティーです。インド、中国、ベトナム、フィリピン、韓国、マレーシア、タイといった様々な国から多くの人たちがやって来ています。もちろんヨーロッパからも。これらのほとんどは非英語圏です。日本人(と韓国人)はとりわけ英語が下手なんて言われたりしますが、他のみなさんだって必ずしも上手というわけではありません。他の国々の人たちにできて、日本人だけができないなんてことはありません。特にこれからの時代、日本人も人生を国内だけで考える必要はないと思います。これは日本をあきらめろとか見捨てろとかいうことでは決してありません。むしろ外から日本をサポートすることだってできると思うのです。個人レベルを離れて少しマクロな視点で考えると、より多くの日本人が海外に出ることで、いつかそれなりの数も戻るでしょうから、人の還流が起こります。もちろん今までもある程度はありますが、これがもっとがーんと増えるといい。私はこれが、日本のためにも世界のためにもいいことだと思うのです。多くの人が他国のいいものを持ち帰ることになりますし、日本人が世界のあちこちで活躍したり、日本のいいものを広めることにより、他国の人たちが日本にもっと行ってみたくなる日本のラボや企業とコラボしたくなる日本人をもっと自国に招きたくなるとうことで、経済の活性化にもつながりますし、さらに大風呂敷を広げれば、戦争を放棄している日本の存在感が世界中でもっともっと高まることで、他国も戦争をしなくなる、といったことさえ期待できるのではないでしょうか?こういうことは意図してできることではないかも知れませんが、私たち個人レベルのアクションが知らず知らずのうちに積み重なることで、よりよい世界を作っていけるかも知れません。そんなちょっと大きなことも考えてみることで、自分という個人レベルの人生設計もより前向きに、かつ有意義に考えることができます。ということで、博士課程に進むべき?については、進まない選択ももちろんアリですが、国内だけでなく、グローバルな視点でも考えてみるといいのではないでしょうか?

投稿者: A-POT シリコンバレーのバ... 投稿日時: 2010年1月5日(火) 23:35