昨日、友人の奥さんの Yoko さんに会った時、そのうち書こうと思っていたことを思い出したので今日、書くことにする。ぼくが渡米したときには、アメリカに Yoko という名前の知り合いは一人しかいなかった。ヨーコオノだ。とあるパーティで偶然あって世間話をちょっとしたことがある程度のことなので、知り合いというのは烏滸がましいけれどね。って嘘だけど。たんにとあるコンベンションで遠目に見かけたことがある程度。って、これも嘘。会ったこともないし、会う予定もないし、こっちから願い下げ。これも嘘。もう、ヨーコオノに関しては、ぼくは嘘しか書かない。それはともかく、ぼくがアメリカで一番最初に友達になった日本人の名前が Yoko だった。彼女は、その後、ぼくが一生つきあうことになる親友の一人となるのだけど、それはまたべつの話。で、この時点で二人の Yoko と知り合いになった計算だけど、ここまでなら何も思わなかった。しかし、その後、カリフォルニアに引っ越して来てからの Yoko ラッシュがひどい。息子の日本語学校の先生、スタンフォードの友人の奥さん、最近パロアルトに引っ越して来た友人の奥さん。これで 5人の Yoko さん。いい加減にしるといいたくなってくる。が、さらに、日本語補習校のクラスメートのお母さんたちに、なんと五人も Yoko がいるという事実が発覚。日本にいた時にはひとりも Yoko という名前の知り合いはいなかったのに、アメリカで 10人の Yoko ですよ。 どんだけありふれた名前なのかと。最近は、女房と「Yoko さんが〜」という話をすると、誰のことを言ってるのかさっぱりわからなくて困ります。どの Yoko さんなのか、いちいち言わないといけない。ほんと、誰でもいいから訴えたくなります。そういうわけで、Yoko さんたちは、Yoko のコモディティ化を反省するとともに、名前の SEO をもっと考えた方がいいと思う。
投稿者: ぼんやりと考えたこと 投稿日時: 2008年6月22日(日) 14:44- 参照(214)
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