カリフォルニアはいよいよ明日のスーパーチューズデーで、各党の予備選が行われます。日々発表される世論調査では「オバマが上昇中」で、ヒラリーとほぼ支持率が拮抗するまでになったとのことです。
あきらかに中道でも右派に近いヒラリーに対し、今までエドワーズ、クシニッチといった候補を応援してきた層がオバマに流れることを考えれば、この傾向は当然のことでしょう。ビル・クリントンがオバマ攻撃をしすぎて嫌がられた、というのもあるかもしれません。
こちらでは車のステッカーで候補者への支持を表す人も多いのですが、やはり圧倒的に目立つのはオバマ支持です。ヒラリーを支持するステッカーは見たことがありません。あとはけっこうロン・ポール支持のステッカーも見ます。オバマもロン・ポールも若者層に人気があるという共通点があります。高い車に乗るような中年のミドルクラスはヒラリー支持だとしてもあんまりステッカーをべたべた貼ったりしないのでしょうね。
私は「反原子力」を明確にし、大企業への反感を隠さないエドワーズを内心応援していたので、彼がなかなか浮かび上がれなかったのは残念でした。オバマには確かに魅力を感じるのですが、なんとなく老獪なワシントンのインサイダーたちに篭絡されてしまいそうな人の良さを感じるんですよねー。
そのオバマの魅力のひとつとして、「ケニヤ人の父と白人の母の間に生まれ、ハワイや海外で育った」という一人の中の多様性があると思います。アメリカはひとつの国でも各州で予備選の結果ががらりと違うように、白人と黒人、保守層とリベラルの間の違いが極端に大きい国です。奴隷制を巡って南北が分裂しそうになったり、ブッシュ大統領を巡って当初保守とリベラルが分断しそうになったり、こんな国を統合していくのは容易なことではありません。
オバマは「奴隷の子孫ではないので、アメリカ黒人を代表しない」という声も聞かれましたが、今は逆に黒人と白人の対立を強調しない、統合のシンボルとしての期待が高まっている気がします。
分断された人々をどう統合していくのか、というのは私にとっての最近のおおいなる興味の的でした。まず年末のパキスタンのベナジル・ブット元首相の暗殺を通して、なぜ英国領の元の大インドから、パキスタン建国の父ジンナーは「イスラム」の宗教国家を人工的に独立で分断することを望んだのか、という疑問がわきました。ガンディーはイスラムもヒンドゥーも仏教も平和的に共存できるインドというビジョンを持っていたわけですが、反英闘争で一時は共闘していたジンナーは、結局は袂をわかってしまうのです。
このパキスタンは「イスラム」の元に独立したものの、インド育ちのエリートたちは、いざ現パキスタン領に赴くとイスラムと部族的文化が混交し、言語もさまざまな各藩国の統治に苦労します。私はパキスタンはずっと軍事政権が続いていると思って、批判的に見ていたのですが、国の成り立ちをちょっと調べてみた結果、力によって各地方の分裂を抑えなければ、それ以外の共通の価値観さえないのだ、ということに気がつかされたわけです。
パキスタンやアフガンのように、辺境の地では、つい最近まではみながアラビア語でコーランを読めたわけではなく、イスラムの戒律というよりは、部族それぞれの掟の重要度が高かったわけです。「サウジ・アラビアからイスラムの教師が来てくれた」ということになると、その教師がバリバリの原理主義者であっても、そんなことは知らずありがたく教えてもらおうということになってしまう、、それがこの辺境地域の「過激化」の一因のようです。
それから年が明けて、ケニヤの大統領選後の騒乱が日々メディアのトップニュースになっていました。ケニヤは長いこと大統領は人数的にも多数のキクユ族から輩出されてきており、それ以外の民族の間では不満がくすぶっていた、そこへ出口調査では優勢とされていたルオ族のオディンガ氏が、開票の結果は次席だったことで不満が爆発した、、ということのようです。ケニヤはアフリカでは比較的安定した民主主義政治があるとされてきただけに、欧米のショックも大きいのかも知れません。今までの見方が表層的なものに過ぎなかったのかもしれませんね。
そしてここ数日はチャドの騒乱で、隣国のカメルーンに難民が流出、というのがニュースになっています。
アフリカの地図を見ればわかるとおり、英仏が中心になって、勝手に民族を無視して直線を引いて国境にしてしまったのが今の各国家になっているわけで、日本のように「ナントカ国の内側にはナントカ人が住んでいる」という単純な理解からは程遠いのですよねー。
元をたどれば日本だって、熊襲討伐、とか蝦夷討伐、近世には北海道のアイヌ征服の歴史を経て統合されてきたわけで、8世紀ごろ、そして18世紀の北海道では血みどろの征服戦争がおこなわれていたんですよね。ただ、その記憶は「ヤマトタケル」の伝説のかなた、もしくは北方のエゾ地のかなただったので共有されがたいわけです。
どこで読んだのかは忘れましたが、「平和」というのは「わたしたち」の範囲が以前の敵を包含できるようになったときに実現するのだ、と書いてあったのを思い出します。わかりやすい例で言えば、欧州では独仏の長い対立の歴史を経て、ドイツ人もフランス人も、それぞれが自らを「ヨーロッパ人」として互いを含むアイデンティティーを形成しつつあり、もはやこの両国の間に戦争が起こることなど考えられない、というのがあるでしょうか。これがトライバリズムの克服というものでしょう。
そういう意味では日本人が「わたしたち」というとき、「日本人」以外の人を含めて考えるということは、まだまだ難しい状態にあるように思えます。私自身も、アメリカ人に「日中韓」を混同した発言をされるとムカっとしたりしてしまいます。
でも、南アメリカ、フィリピン、日本、中東、世界中に軍事基地を張り巡らして覇権を確保しようとするアメリカよりは、「日中韓」のほうがよっぽど「わたしたち」としての価値観の共有度は高いはずなのです。
独仏の間で和解、互いの歴史観の理解と修正、共通の価値観の醸成に向けてどれほどの苦労があったことでしょうか。そろそろ日本もおのがトライバリズムの狭さに築き、「わたしたち」の範囲をもうすこし広げる時期に来ているのでは、と思うのですが。
P.S. 餃子騒動、怖いけど、、餃子ぐらい自分で作ろうよ。楽しいじゃん。
それはともかくこんな説もあり。おなじみ桜井ジャーナルより。
https://plaza.rakuten.co.jp/31sakura/diary/200802040000/
- 参照(315)
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