昨日は過去10年間に起こった医薬品業界の変化と現状について書きました。今回はその背景と、それを踏まえた今後について。

製薬企業がダウンサイズを繰り返し、創薬研究の現場がほとんどアジア、中でも中国のCROに移っていく流れとなったそもそもの背景として、90年代後半から欧米製薬大手による新薬の開発と上市、いわゆるパイプラインの拡充が期待したほど進まず、その間にも主力製品(ブロックバスター医薬)の特許切れが続き、多くの会社がこの先に向けてかな~り厳しい見通しを持たざるを得ない状況がありました。

前回、大手製薬が合併を繰り返したことがダウンサイジングの理由と書きましたが、それではなぜ合併を繰り返さなければならなかったかといえば、90年代後半からこのパイプラインの枯渇が見えてきたためです。医薬品の研究開発はひとつの製品に10年以上の期間がかかりますから、この先数年の間に期待の新薬が出せるかどうかというのは、かなり読めてしまいます。

自社の製品だけで自社の成長がまかなえないと考えた大手は、特許期間が残っている大型製品を持つ他社を合併することにより、当面の売り上げを確保したいという事情がありました。しかし当然ながらこれは根本的な問題解決にはなりません。

それはみんなわかっているのですが、問題なのは、これだ!という解決策がなかなか見えないことです。

ちょっと目を移して、日本の状況はどうでしょうか。アメリカの会社同様、アジア諸国へのアウトソースの動きが少しずつ加速しつつあるという話は聞きますが、私はアメリカほど一気に進むことはないのではないかと考えています。

理由はふたつ。ひとつはもちろん、雇用を守ることを重視する日本のシステムと、基本的にすべてを自社内において管理したいといういわゆる自前主義の存在。もうひとつは言葉の壁です。中国のCROが欧米メガファーマを顧客として短期間に大きく発展、成長できたのは、彼ら自身が欧米メガファーマで長年の経験を有し、英語のコミュニケーションがデフォルトな上に、自身の経験からそれらの会社がどういったことをCROに求めるかがよくわかっていたからです。言ってみれば自分の古巣やかつての同僚を顧客にするという、人的ネットワークの強力なフォローもあったので、ある程度うまくいっているという事情があります。

一方彼らが日本の会社をクライアントとする場合、人間関係からしてほとんどゼロからの構築になりますし、 コミュニケーションはおそらく英語で行うのが基本となるでしょう。上でさらっとうまくいっていると書きましたが、アウトソーシングによってコストダウンと生産性の維持をきちんと両立するためには、実際には相当に密なコミュニケーションが欠かせません。これはアメリカの会社にあっても例外ではなく、決して簡単ではありません。基本的にそれをすべて研究現場の担当者が英語で行わなければならないわけですから、それだけで日本の会社には相当なストレスになるはずです。

さらに製薬という同じ業種であっても、日米での仕事の進め方や考え方、ポリシーやスタンス、カルチャーといったものは結構違います。したがって、基本的にアメリカの会社のやり方を基本として構築されているサービスが、日本の会社にうまくマッチするかどうかという懸念もあります。日本で最初に実務を経験した私の場合、こちらでそういった意味での違和感を感じるケースは多いです。

じゃあ日本の会社は今のまま行けばいいのかということですが、いいか悪いかはともかく、何も変えずにいると世界の潮流からは何となく離れて行きそうだねという気はします。もちろん多くの日本企業が国際化を唱え、実際に海外で研究開発を行い、海外の企業との提携や買収なども行っていますから、日本の会社と十把ひとからげにして語ることはできません。またたとえ世界のトレンドとは違っても、自分たちに最適化したシステムが作れると信じているのなら、それはそれでいいのではと思います。

結果的に今後も成長していけるところと、近い将来ピンチにたたされるところと両方出てくることと思います。でもそれは日本の会社に限らないことですよね。ただし個人レベルに落とした場合、日本人の英語というハンデ、これだけは何とかする必要があるのは間違いないと思います。

今までも研究者は英語なんてできて当たり前みたいに言われることがありましたが、実際には大してできるわけでもなく、最低読み書き、いや読みだけはという感じだったと思います。でもこれからは若手の研究員レベルでも、本当に実務レベルで、読む、書く、聞く、話すができるようにならないと、将来はかなり不安なものになるのではないでしょうか。

おっとまた英語の話で熱くなってしまった。ww これはまた別エントリーにすることにして、話を戻しましょう。

アジアへのアウトソースの流れが止まらない欧米の製薬業界ですが、今後どうなっていくのでしょうか?アウトソースのドライビングフォースはコストの差です。中国のCROも、当初は相当安い給料で働いていた人たちがだんだんよい待遇を求めるようになり、またCRO間で優秀な人材の奪い合いも起こり、徐々にコストが上がってきています。そうなるとそのうちさらに別の国に流れていくと考える人も多いかも知れませんが、中国でこれだけCROが発展したのには前記のようにかなり必然的な理由があってのことなので、私はそう簡単に別の国に流れることはないと思っています。

一方、研究現場が空洞化しているアメリカでは、これまでそういった仕事をしてきた研究者たちや、これからしたいと思っている大学院生やポスドクなどがポジションを見つけられずにいます。つまり供給が大幅にだぶついているわけで、そうするとコストが下がっていく可能性があります。つまり今までよりも安い給料でもいいからこの仕事をさせてくれという人が増えるはずです。

これに関連してアウトソースを続けるアメリカ企業にはもうひとつ、将来に向けて大きな問題があるのですが、これも別エントリーにしたいと思います。

海をはさんで仕事をしていると、通信費やサンプルの送付費用、さらには年に1回から数回のフェイスtoフェイスミーティングなど、自前でやっていればかからないコストも発生します。また直接のコストではありませんが、いちいち海をまたいでモノを送らなければならないということは、そのたびに数日ずつのタイムラグが生じます。もしも中国とアメリカの間での人件費の差がそういった追加コスト分に近いくらいまで小さくなれば、アウトソースする理由はなくなってきます。

昔学校で暗記させられた、平家物語の冒頭部分に出てくる「諸行無常」、「盛者必衰」、「おごれるものも久しからず」といったことばは本当に人の世の本質を言い当てていると思います。中島みゆきさんも「まわるまわるよ時代はまわる」と歌っていました。

あくまで私の妄想(予想ではないw)ですが、もしかしたら仕事もまわって戻ってくるかも知れません。ただそのときその仕事を発注しているのは、今と同じ国ではないかも知れませんけどね。

以上、主に学生のみなさんを想定して、医薬品業界の現状とその周辺のことを書いてきましたが、製薬業界は今後ますます大きな変化があることでしょう。それはおそらく間違いないのですが、具体的にどんな風になるかを予測するのは困難です。そんな中、今就職が厳しいというのは、ある意味発想を大きく転換するチャンスなのかも知れません。

大きく変化しながらも、新薬を見つける努力や医薬品に関わる仕事がなくなることも考えにくいです。その中で自分が目指すのはどんな姿か。自分が得意にできそうなのはどんなことか。とりあえずあれこれと思考実験をしてみるのもなかなか楽しいのではないでしょうか?

もちろん医薬品業界には見切りをつけて他の業種を検討するのもありでしょう。いずれにしても以前はこうだったとか、過去の習慣だとかにとらわれず、またワタシを含めた大人たちのもっともらしそうな言葉を鵜呑みにせず、ぜひクリエイティブな発想で、これからの自分の人生を見つめ、切り開いて欲しいと思います。私もこれからの10年、20年をどう生きるかしっかり考えないと!

投稿者: A-POT シリコンバレーのバ... 投稿日時: 2011年9月26日(月) 20:48