このところまたベンチワークの時間がやや増えたのですが、4年くらい前に、合成化学者は熟練すると、ひとりでもジュニアなケミストの2倍以上の生産性になると豪語してしまった(^^;)ことがありました。3月のJBCツアーの懇親会の席で、これは具体的にどういうことなのかという質問を受けました。そのときにもあれこれと答えたのですが、要は小さなことの積み重ね。自分が鉄人の域とか思っているわけでは決してありませんが(^^;)、もう少し補足して書いておこうかなと。合成化学の律速段階のひとつは精製。ほとんどきれいなのに最後の結晶化だけで何日も費やすなんてこともあって、これがさくっとできるかどうかは非常に重要。ここでのポイントは、「どうして欲しいか化合物に聞け(Ask your compound how it wants to be treated)」ということです。これは特に結晶化の溶媒選択に関してのことになります。自分が作ってるものなのでその化学構造はわかっているわけです。その構造やそこに至るまでの感触から、どんな溶媒が最適かを考える。時にはちゃんとした再結晶ではなく、ある溶媒で洗うだけで驚くほどきれいになることもあります。化合物は、ひとつとして同じものはありません。しかも不純物や副生成物は、目的物と似たような構造のものも多いわけで、このあたりはマニュアル化できませんが、経験からくるセンスのようなものが問われます。結晶化というのはおもしろいことに、一度できてしまえば二回目以降、同じものの結晶化は非常に簡単になるのですが、結晶化しにくいものを初めて結晶化させるというのは、永遠の課題。これも経験に基づくテクニックみたいなものがあります。まあ今の時代、結晶化なんてのんきなこと言ってないで、さっさとHPLCで分取してそのままフリーズドライで一丁上がり!みたいな流れではあります。確かにこの方法は成功確立高いですが、実際のところ時間的にはそれほど早いわけではないですし、最終品以前の中間体には(主にスケールの問題で)あまり向きません。それにHPLCでも簡単にはきれいにならない場合というのもあります。文明の利器に頼ってばかりでは、必ずしも生産性は上がらないということ。それ以外にも、ひとつひとつの操作に関して、熟練者と非熟練者の間には作業の流れや効率という点で、差が出ます。たとえば当たり前のことではあるのですが、次に何をするかを常に考えること。反応が終わって抽出作業をしているとすると、その後は有機相を乾燥、ろ過してエバポで溶媒を飛ばすということになりますが、後処理開始前、あるいは分液ロートの中が分かれるのを待つ間などにそのあたりの準備をさくさくとしておくとか。たとえば今日は遅くなったのでカラム精製は明日やるとしても、少なくとも今日のうちに溶媒の極性を決めて、カラムにはシリカゲルをパックして、翌朝すぐにサンプルを乗せられるようにしておくと、全然違います。最近のシリカゲルは性能がいいので、がんがん流す(>100 mL/minとか)とか。スケールがそこそこ大きくてフラクションが多い場合、最終的にエバポが律速になるので、全部出してからではなく、できるだけ早くこれを開始するとか。カラムクロマトもいろいろな文明の利器が出ていますが、トータルの早さという点で、私は昔ながらの自分で詰めるマニュアルカラム信者。次にセットしようと思っている反応に冷蔵試薬を使う場合、早めに冷蔵庫から出して室温に戻しておくこととかも時間のロスを防ぎます。そういった細かな作業の効率化に加えて、私が非常に重要だと思っているのは、自分の実験スペースに最適な「初期状態(デフォルトセッティング)」を決めること。反応も、後処理も、精製も、ここからいつでも新しい作業が始められる、そういう状態のことです。そしてひとつひとつの作業が終わるたびにできるだけ早く、その初期状態に戻すことです。もちろん何日も回しておく反応などもありますから、そういうのはいいのですが、基本的にいちいち限りなく初期状態に近く戻ることが大事。うまくいかずに中止したものは放置せずにさっさと片付ける。つまり途中のものや汚れものを溜めないこと。早く戻すにあたっても無駄なことはしない。分液ロートはほとんどの場合洗う必要がなく、使用後は水と有機溶媒でさっとすすぎ、次に備える。有機溶媒しか使わなかった容器も、当然洗う必要はなし。モノが入っていたフラスコなどでも、溶解性がよくて有機溶媒しか使ってなければ数回すすぐだけでいいとか、何をどの程度気にすればいいか、手を抜いていいかをよく考える。そしてたとえ自分が洗うわけではなくても、洗い物は極力少なくすることが大事。カラムも、モノのIDとマスバランスが大体確認できたら、さっさとエアーで溶媒を押し出し、シリカゲルも逆からエアーで押し出し、溶媒でさっとすすいでクランプに逆さにはさめばあっという間に乾いて、いつでも次が始められる態勢に。他にもありますが、つまり少ない時間でたくさんの化合物を作れる、生産性の高い合成化学者であるためのエッセンスとしては、「いかに多くのことをするかに燃えるのではなく、いかに早く作業場を初期状態に戻すかに燃えるべき。そうすると自然に多くのことができている」要するに片付け上手になれ、というのが私の考え。自分のとこはmessyだけどそれが何か?と思ってる人も多いと思うので、あくまで私の考えです。あらためて書いてみると別に当たり前のことばっかじゃんという気もしますが、そういうひとつひとつの積み重ねが、全体としては大きな違いとなります。実験だけやっていればよいわけでもないので、まとまった時間が取りにくい中でいかに効率的に実験をするかにさらに気を使っている今日この頃です。料理でも、作り終わったときにはすべて片付いているのが理想、みたいなのがありますが、つまりそういうこと。レストラン(ラーメンでもイタリアンでも中華でも和食でも何でも)の厨房とか料理の鉄人とか見ているとわかりますが、次から次へと注文をこなしていくプロの料理人の一番のポイントは、ひとつひとつの品を作り終わった後の、最小限の手間で、必要十分なだけの素早い片付けと作業場のクリーンアップだと思います。合成化学もまったく同じだと思います。むか~し職場の先輩と、「合成の鉄人」をやったら誰が勝つだろうかなんてことを冗談で話したことがありました。同じ原料を与えて、決まった期間(1週間とか1ヶ月とか)にどれだけの多種多様な誘導体を作れるかとか、ターゲット(構造や量、純度などのスペック)を決めて、誰が一番早く完了するかとか。あるいはどれだけ作れるかではなく一定期間内にどれだけ生物活性を上げられるか、これはつまり日々の仕事そのものでもあるわけですが、チームワークではなくコンペ形式でやるとどうなるかとか(笑)。生産性(productivity)とともに重要な創造性(creativity)、つまり「何個作るか」ではなく「何を作るか」の部分についてはまた別の機会に書きたいと思いますが、そうじゃなくてこっちの方が大事みたいなことがあったらぜひ教えてください。頼まれてもいないし必要もないのに、なんと3000字超も書いてしまった・・・。

投稿者: A-POT シリコンバレーのバ... 投稿日時: 2009年5月4日(月) 20:51