えっ、今なんて言ったんだ?
僕は、今、目の前にいる初老の男の言葉が理解できなかった。失礼のないように聞き直す。
「えっと、今なんておっしゃいました?」
椅子に腰掛けてこちらを向いた男は、ずりさがったメガネを直しながら、より丁寧な言い方で繰り返す。
「こちらを向いて、アンダーウエアのパンツを膝まで下ろしてください。そして、服を胸まで持ち上げてください。」
僕は、肩から膝まですっぽりと薄手の一枚布で身を包んでいて、その下は下着。この状態で、パンツを膝まで下ろして、服を持ち上げろだと?
つまり、彼の、目の前に、晒し出せ と いうことなのか…
解らない。理解できない。なんでそんなことをする必要があるんだ。
白い服に身を包んだ男は多分その理由を説明したのだろうが、僕が聞き流してしまったのだろう。
うぬぬ… 仕方ない。ええい、なるようになるしかない。僕は言われるがままに、パンツに手をかけてゆっくりと膝まで下ろし、一息ついてから、服を胸までめくり上げた。うちの4歳児がトイレでおしっこするような、そんな格好だろう。
男は手を伸ばして、だらりと垂れたものに触れた。
屈辱と羞恥の入り混じった妙な感覚に襲われる。
「はい、じゃあ、次に後ろを向いて、机に手をついてお尻を突き出してください」
ええっ!
そんなことまでしなくちゃならないのか…。
黙って男の言葉に従う。
男は、ゴム製の手袋をはめるとオイルを塗り、「リラックスしてね」と言うと、躊躇なく僕のお尻に指を突っ込んだ。
うぅぅ…
「はい、これで終了です」
終わった… すべてが終わった。
白衣を着た男は何事もなかったかのように、「じゃ、服を着替えて、ちょっと待っていてくださいね。血液検査のオーダーを持ってきますから。」と言って部屋を出て行った。
この日、僕はLos AltosのSutter Healthにいた。
例年、日本帰国時に人間ドックを受けていたが、今年はコロナのため日本帰国が難しい。そこで、アメリカで健康診断を受けておこうとアポイントを入れて出向いたのだった。
アメリカの健康診断は日本の人間ドックに比べて極めて簡易だと聞いていた。だから、アポを入れたファミリードクターの問診を受け、血液検査を受けて終わりだろうくらいに思っていた。そのくらいの軽い気持ちでファミリードクターと会ったのだが、まさか、珍々を触診されて、お尻の穴にまで指を突っ込まれることになるなんて…キャー。
お尻は直腸ガンの検診なことは想像に硬くない。実際、過去、日本で受けた人間ドックでも体験済みだ。が、ゴールデンボールを触られたのは初めてだ。
後で知ったのだが、これはどうやら精巣ガン検診だろう。
あらかじめ何の検査をするのか分かっていたら全く問題ではなかった。まず間違いなくドクターは事前に「精巣ガンの触診検診をする」と説明したのだろうが、医学用語は難しい。僕はそれが理解できなかったのだろう。心の準備が出来ていないところに、唐突に「パンツ下ろしてね、てへ。」って言われても、こっちも固まってしまうよねぇ。
いやぁ、変な汗かいた。ふぅ。
しかし、今回のドクターは初老の男性だったから良かったものの、これ、若い女医さんだったりしたら恥ずかしさ100倍だろうな…
次は女医さん探そうっと
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