あることを成し遂げるのに最も優れた方法は何か、という問いに対する正解はない。その時点で考え得るベストというものはあるだろうけど、その時点では誰も思いつかない、けれどもあるとき誰かが思いつくもっと優れた方法があるかも知れない。ビジネスには、たったひとつの正解などない。とはうちのCEOがよく言っている言葉だ。いつでもほぼ無限にある選択肢の中から、その時点でのベストと思える選択をしていくしかないのだと。どんな仕事でもそうだと思う。研究でも、製造でも、営業でも、接客でも、運送でも、料理でも、いつでも、どんな場合でも、今やっているのよりもっといい方法があるかも知れないから。この道ウン10年の経験、というのは、特定の作業や技術に対しては誰よりも上手にできることになるけれど、その仕事が根本的に変わってしまうような新しい技術や手法が開発されると、その職人的経験や技量の金銭的価値や需要は残念ながら激減していまうことがある。たとえば音楽レコードの作成やカセットテープ、写真用フィルムの製造とか。ライフサイエンスの世界でも、特に分子生物学やゲノムなどの世界は変化というか進展が著しい。有機合成化学は比較的成熟した学問分野だと言われる。過去数百年の間に知識が蓄積され、今後革命的な変化はないだろうと考えられているからだ。元素周期表は一番最後以外は完成しているし、今後も変わらないだろう。合成反応も、あれとこれをフラスコに入れて撹拌するという基本は変わらない、と思いがちだが、もしかしたらまったく違ったやり方で目指すものをもっと効率よく作る方法がないとは言い切れない。もちろんそんな方法はなかなか思いつかないわけだけど、これ以上の方法はないかという疑問を持たなくなってしまったらそこで終わりだ。しかしそういう革命的手法がまだ開発されていない現在、たとえば医薬品業界における現実としては、経験豊富なメディシナルケミストの過去の経験に基づく知識と技量はもちろん新規低分子医薬品研究に必須だし、実際その中心にある。そしてものごとを判断する場合、これまでこのように行われてきたからこうすべきだと考えることが多い。でも既成概念にとらわれず、もっといい方法があるかも知れないということをいつも考え続ける必要がある。トヨタに代表される「カイゼン」のコンセプトは、どこの企業でも考え、奨励していることだろう。でも個人レベルでは、日々の仕事に集中、というか忙殺されていると、つい忘れがちにもなる。物理的にどれだけ忙しいかということはあまり関係なく、大事なのはいつも頭がまわっているか、つまり作業はしているけれども実は思考は停止していたりしないか、ということかなと思う。仕事能力にも、人格形成にも、人生そのものにも完成ということはない。そういう意味で、私は「途上」という言葉が好きだ。「さすらいの途上」     -クヌルプの思い出に-悲しむな、やがて夜になる。そしたら、あお白い野山の上に冷たい月がひそかに笑うのを見、手を取り合って休もう。悲しむな、やがて時が来る。そしたら、休もう。私たちの小さい十字架が白っぽい道のべに二つ並んで立つだろう。そして雨が降り、雪が降り、風が去来するだろう。(ヘルマン ヘッセ/訳:高橋健二)

投稿者: A-POT シリコンバレーのバ... 投稿日時: 2008年9月7日(日) 12:43