コノピシュチェ城今回の旅程はかなり忙しくて、プラハ観光を1日楽しんだ翌日は結婚式。新婦は日本人で、僕と会社の同期。同じ年に現在の会社の日本法人に入り、奇しくも同じ時期(一日違い)にアメリカに渡った仲です。新郎はチェコ系のドイツ人でベイエリア在住。ふたりは同じスポーツをしていて、ベイエリアで出会い結婚に至りました。さて、結婚式当日です。朝9時に、結婚式に参列するために日本からやってきた新婦側友人たちが宿泊しているホテルへと向かい(といっても2ブロック程度しか離れていないけど)、2台のワゴン車に分乗して披露宴会場であるホテルS.E.N.へ向かいます。ホテルS.E.N.はプラハから20km程度離れたのどかな丘陵地にあるリゾートチックなホテル。ホテルS.E.N.に参列者全員が集まり、ここから車に乗り合わせて結婚式会場へと向かいます。結婚式会場はコノピシュチェ城(冒頭の写真)のチャペル。13世紀後半に建てられたお城で、様々な貴族の手に渡り、最後の城主になったのがオーストリア皇太子。この皇太子がサラエボで暗殺されて第一次世界大戦が勃発するという歴史があるのだとか。コノピシュチェ城は、戦争のためのお城というよりは、貴族の別宅といった感じで、緑鮮やかな森の中にありました。かつての城主が狩猟目的でこのお城に住んだとかで、狩猟コレクションが城の中に所狭しと飾られています(そのためお城周辺にはもう野生動物はいなくなったとか)。ここは「地球の歩き方 プラハ版」でも半ページ費やされてプラハからのエクスカージョンとして紹介されています。森の中に忽然と現れた壮麗なお城に足を踏み入れると、狩猟コレクションなのでしょう、廊下の両側には鹿の角が壁一面に飾られています。チャペルに至るまでの廊下の壁一面はすべて狩猟コレクションや中世の剣や鎧で見事なまでに飾られていました。お城のチャペルは絢爛で、チャペルの壁面は鮮やかな装飾が施され、祭壇も、ややいぶされた感のある黄金の装飾で飾られています。牧師(神父なのか?)の司会のもと、時折笑いがおきながら粛々と式は進みます。今回の参列者は、チェコ、ドイツ、アメリカ、日本と4カ国からやって来ている多国籍なので、式の流れか紹介された紙には英語とチェコ語での表記がありました。ぱっと見たところでは、日本で見られる洋式の結婚式と大きな違いはなかったように感じられます(日本のよりは長かったと思われる)。説教、新郎新婦の宣誓、指輪交換、くちづけ、新郎新婦と立会人による署名(これ日本でもあるの?)…。ところで、ここで結婚式をあげるのは誰でも簡単にあげられる訳ではないようです。なんでも、このチャペルと同じ系列の教会で講習を受ける必要があるとかで、サンフランシスコにある同系列の教会で二人は予め講習を受けていました。また、新婦は日本のお役所から何らかの書類を取り寄せて、それを翻訳して提出する必要があったとか。何はともあれ、結婚式はつつがなく終了。その後、お城で記念写真を撮影して、披露宴会場であるホテルS.E.N.へと戻ります。ファンファーレ隊参列者が一足先にホテルに到着して、ホテル前のロータリーで待機していると、新郎新婦を乗せた車が到着。すると、ホテルのテラスに現れたバンドがファンファーレを奏でます。ファンファーレの中、新郎新婦は車を降りて、エントランスに向かいます。エントランスでは、ホテルのスタッフが皿に載せたワイングラスを2つ新郎新婦に差し出します。新郎新婦はそれを受け取ると、ぐっと飲み干し空いたグラスをスタッフに返します。二人の飲みっぷりに、おぉ~、と参列者が歓喜をあげていると、突然、「ガチャーン」と耳をつんざく音が。なんと、ワイングラスを受け取ったスタッフが、手にしていたお皿を落として割ってしまったではありませんか。お皿を割る?あちゃー、と思いきや、おもむろに別なスタッフがやってきて、手にしていたホウキとチリトリを新郎新婦に渡し、なんと新郎新婦が掃除を始めました。こういう演出があるのですね。新郎新婦が割れた皿の破片をすべてチリトリに拾い、ホテルスタッフにそれを渡します。チリトリを受け取ったホテルスタッフは、今度はチリトリをひっくり返して、せっかく集めたお皿の破片をまた辺りにばら撒きます。そして、また二人は掃除をはじめます。2度目の掃除が終わると、新郎新婦はホテルのスタッフからそのお皿の破片をひとつずつ渡されていました。二人のはじめての共同作業の記念といったところでしょうか。さて、このあとはいよいよ披露宴です。ホテルのパーティ会場にいくつもの円卓が並べられ、自分の名前が書かれた席に着席します。新郎の母親、新婦の父親が挨拶を述べます。多国籍結婚式だけにお二人ともいくつかの外国語で挨拶をしていました。そしてシャンパンで乾杯。披露宴の会場や雰囲気は日本の結婚式の披露宴と違和感はありません。食事はコースで一品一品サーブされ、お酒はワインにビールに…とウエイターに頼めば何でも持ってきてくれます。食事しているときは、ピアニストが生演奏でクラシックの曲目を演奏してくれました。食事がほぼ終わると、生バンドがやってきて演奏をはじめます。このバンドの音楽にあわせて、はじめにダンスを披露したのは新婦とその父親。この日のために練習をしたそうで、多少緊張した様子でしたが、無難に一曲踊り終えました。次いで、新郎と母親のダンス、それから新郎と新婦のダンス…そのあとは、結婚式に参列した人たちも一緒に踊りだし、飲めや踊れや状態。僕のテーブルは新郎新婦のベイエリアでの友人らの席で、フランス人2人、ドイツ人1人、ベトナム人1人、日本人2人という組み合わせ。このフランス人2人が最高に面白くて酒好きな人たち。ウエイターはワインを手に持って各テーブルでワインを注いで回っているのに、そのワインをボトルごとテーブルに置いてもらって、手酌で飲みまくる。ワインに飽きたら、コニャックをオーダーしてガンガンに飲みまくる。僕もそのペースで飲みまくる。テンポの良い曲が演奏されれば踊り、踊りつかれたら飲む…。結婚式なのに、上着は脱いで、ネクタイは緩め、ワイシャツも裾を出して、と、こんな格好でごめんなさいになっちゃいました。しかし、新郎の親戚もすごかった。さすがチェコ人だからか、みんな顔真っ赤にして踊る踊る。おじちゃんなんか、スーツのままブレイクダンスのように床に寝転がってくるくる回ったり、おばちゃんは、サタデー・ナイト・フィーバーのジョン・トラボルタ並みに派手に踊る踊る。こうして、昼過ぎからはじまった披露宴は、午前1時まで踊り続けたのでした(途中で別室にフィンガーフードが用意されて、おなかが空いた人はそこで食べることができた)。日本の披露宴は、一日に2,3組をまわすから時間がかなり限られているけど、この披露宴はスローペースで進んだのが大きな違いでしょうか。ちなみに、日本の披露宴で見られる友人だとか同僚の挨拶や、出し物みたいなのは全くありませんでした。なんだか、結婚式というよりは単なる飲み会になってしまった気がしなくもないですが、とても楽しかったのは間違いない事実で、こういう結婚式もいいものだなーと思いました。

投稿者: Franklin@Filbert 投稿日時: 2007年6月24日(日) 08:18