新日本監査法人のIPOセンサーという季刊誌に掲載されたコラムです。書いたのは去年の12月なのでちょっと古いですが。************2007年ファイナンス界最大の事件といえばサブプライムバブル崩壊であった。複雑な金融エンジニアリングを駆使した金融商品のせいで、株や債権といった異なるジャンルにまたがって影響が出たことに加え、その影響は、アメリカ国内に終わらず世界に広がったことが衝撃を呼んだ。果たしてこのサブプライム問題はどんな風にベンチャーの動向に関係するのか?まずは、「2007年内に起こった影響」について見てみる。サブプライム問題が顕著に表面化したのが2007年7-8月。一方、7-9月期のベンチャーキャピタルによるベンチャー投資額は71億ドルで、2006年同時期の5%増。つまり、特に影響なし。一方、2007年1年間に米国でIPOを果たしたのは234社。こちらも堅調だ。ドットコムバブルの絶頂期だった1999年でこそ486件のIPOがあったが、これは例外で、2001年から2003年の年間上場件数は100件に満たない。景気が持ち直した2004年以降は200件前後で推移してきたが、2007年のIPO件数は過去7年間では最大。合計調達金額も536億ドル、6兆円規模と過去7年間で最大である。サブプライムで世界が青くなった後の10-12月だけで見ても、上場社数は2006年の70社から79社へと増加している。さらに上場後の企業では、S&P500やNasdaq平均がそれぞれ2007年1年間で5%前後、10%前後の上昇だったのに比べ、Nasdaqの中でもコンピュータ関係企業だけに絞ると、20%強の上昇。こちらも堅調である。個別の事例を見ても、全世界同時株安だった8月半ばに上場したIT関連企業VMWareは、快調な滑り出しを示し、2007年年末時点までに企業価値は上場時点の3倍、340億ドル(約4兆円)になった。ヘルスケア関係でも、病院モニタリング機器製造のMasimo社は同じく8月に上場、その後4ヶ月強の間に株価は2倍以上になった。ベンチャーの増資状況を見ても、マイクロソフトがFacebook社の企業価値を150億ドル(1兆8千億円)とみなして2億4千万ドルを投資。また、女性向けウェブサイトのアグリゲーション事業を行うGlam Media社は、4億5千万ドルの企業価値で資金調達を行ったと噂されている。Facebookに比較すると随分小粒に感じるが、Facebookの今年の売り上げが2億ドルを超すと言われるのに対し、Glam Mediaは2千億ドル程度とFacebookの十分の1しかないことを考えれば、ほぼFacebookに匹敵する超絶増資ディールと言えるだろう。いずれも2007年秋から冬にかけての案件だ。さて、ここまでを見て「サブプライムは米国ベンチャーの動向には関係ない」と言い切れるだろうか?答えはNo。たとえば、2000年のドットコムバブル崩壊は3月の株暴落に端を発する。しかし2000年のIPO件数は前年1999年のピークから17%しか下がっておらず、完璧に市場が冷え込んだのはその翌年の2001年だ。(2000年のIPO件数は406件だったのに、2001年には83件にまで落ちた。)当然だが、ものごとにはタイムラグというものがある。一方で、むしろ、サブプライムバブル崩壊でテクノロジー企業に一層資金が集まるのではないか、という声もある。ドットコムバブル崩壊後、それまでテクノロジー企業に流れ込んでいた資金が不動産市場に向かったのが不動産の高騰を引き起こし、サブプライム問題の素地となったという分析もあり。同様に、今回のサブプライム崩壊で行き場を失った資金が、テクノロジー企業やベンチャーキャピタルに向かう可能性は十分にある。また、米国テクノロジー企業の多くは輸出産業なので、サブプライム疑惑から米ドル不振が広がりドル安が進むと為替益も出る。ということで、プラス・マイナス、どちらの影響が強く出るのか。当面は、ベンチャーの動向観察が楽しみである。**************というわけですが、新日本監査法人の方から「反響が大きく好評だったので続編を」とのお言葉をいただいたのでした。「一体全体何が好評?データがいろいろ載ってるからかな?」とか思いつつ、先週ランチした日本人の友達と話していて、似た話しになった。彼はシリコンバレーでベンチャーキャピタルを始めて、今最初のファンドを集めているところ。目標額の6割方集まり、今はアメリカの機関投資家を巡っていて、かなり良い感触だ、とのこと。その彼が、日本出張に行ったおり、「機関投資家の手応えは悪くない」と言ったところ、日本の人たちは一様に驚き、ややがっかりしている風情ですらあった、と。しかし。クレジットクランチのせいで、debtで調達してまわしている事業はかなり苦しい思いをしていると思うが、ベンチャーキャピタルは借り入れとは無縁。むしろequityの方は、上のコラムでも書いた通り、「おっと、サブプライムで住宅系はヤバそうだ。他に資金運用先を探さないと」てなこともある。巨額資金を運用している機関投資家等は、常に運用しなければならない定めな訳で。(個人レベルでも、こういう不景気時こそ投資の好機!と虎視眈々といろいろ見ている人は沢山いる。)さらに、ベンチャー投資と言うのは、製品が市場に出るまで数年、さらにIPO等のエグジットまで数年はかかる。開発にかかる期間中は、景気が悪い方が、人件費やらオフィス賃貸料やらが安くなり、人材も採用しやすくなる、というメリットもあり、こういう時こそ良い仕込み(投資)時でもある。「アメリカのテクノロジー株は軒並み下がっている。公開企業は困るんじゃないの?」と思うかもしれないが、これまた、会社の株の値段が下がっても、別に事業資金には関係ない。株の売却益が会社に入ってくるのは、新たに株を発行して調達する時だけ(IPOとか)。株価が下がると株主にとやかく言われて辛いとか、ストックオプションを持っている社員の士気が下がる、といったことはあるが、株価が半分になっても突然資金ショートを起こす訳ではない。・・・・というわけで、せっせと事業の仕込みをしている会社が多々ある訳です。シリコンバレーでは諸悪の根源の住宅相場もほとんど下がってないし、高速道路は混んだまま。「この世の終わり」みたいにはなってません。ま、これから先、景気が悪化する可能性は多分にあるが、それでも数年たったら復活するので、それまでの辛抱である。少なくともシリコンバレーはそんな感じです。「日本がこれほど辛い思いをしたんだから、アメリカにも地獄を見て欲しい」という方に取っては「がっかり」かもしれませんが。
投稿者: On Off and Beyond 投稿日時: 2008年3月10日(月) 21:09- 参照(250)
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