かみさんの実家に滞在しています。

塩釜で新鮮な寿司に舌鼓を打ち、
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仙台の光のページェントの点灯の瞬間を見て、
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石巻で一番人気と噂の焼肉屋にて、ドライエージングビーフを楽しんでます。
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震災で大打撃を受けた石巻ですが、津波の影響が軽易だったエリアでは、全くもってごく普通の地方都市といった風景で、この街が津波で最大の被害を受けたとは全くもって思えません。少なくとも表層的には。

今日、乗ったタクシー運転手の話。

彼は、震災までは海産物加工会社で働いていました。会社は海の近くにありました。
大地震後、彼は津波警報が発令されたことを知り、すぐに避難しました。車で避難を開始したものの、信号は動作しておらず、道路は大渋滞で全く動かず。彼は、車を捨てて逃げることに決めました。彼は、前と後ろの車のドライバーにも、津波警報が発令されていることを伝え、車を降りて逃げるように勧めたものの、車からは降りなかったとのこと。彼はそのまま高台に避難して、難を逃れましたが、車は流されたそう。前後の車のドライバーがどうなったかは分からないそうです。

勤めていた会社は倒産、その後、タクシー運転手に転職したのだそうです。

慣れないタクシー運転手としての仕事でしたが、タクシー業界は、震災直後は自動車が少なかったために多忙を極めていたそうです。ですが、最近では落ち着いてしまったとのこと。

全国紙の新聞で震災関連のニュースを目にする頻度は次第に減っています。もはや震災は風化してしまったようにさえ感じてしまいます。ですが、宮城の地方紙、河北新報では毎日のように震災関連のニュースが一面に掲載されています。

街を歩けば、他の都市と変わらないように人々が買い物にいそしんだり、公園で遊んだりしています。ですが、それぞれの人生が激変するような出来事が、ほんの3年前に起きたのです。通りをすれ違う人たちにとって来年がより良い年になるように祈るばかりです。

投稿者: Franklin@Filbert 投稿日時: 2014年12月26日(金) 14:37