基本的には素直で真面目なほうだったと自分では思うが、とにかくオッチョコチョイだった。複数の出前の最中、最初の鰻を下ろして走り出すと、後ろのほうでガッチャーン!!と音がする。振り返るとバイクが倒れている。これは鰻屋にとって最悪の状況だ。だって、俗に言う 「蕎麦屋の出前」 というのは、催促の電話を自分で受けながら、「今出ましたよ!!」 と言ってそれから出前に行くものだ。
それが鰻屋だと、「今出ましたよ!!」 と言って出たはずなのに、途中でバイクを倒してお重の鰻がバラバラ。どんなにパズルが上手でも、この再現は不可能だ。近場の公衆電話から、「すいません!!、〇〇さんとXXさんの鰻落っことしました!!」 と店に電話する。
当時出前用に白焼きの余分は用意してあったが、連絡を受けてから20-25分は最低蒸す。蒸し器も3段が最高だったので、夏場の忙しい時にやり直しというのは本当に大変だった。なによりもお客さんへの言い訳けの筋がつかない。うまい鰻を喰うのに、時間がかかるのは当たり前で、四の五の言うのは野暮ではある。でも、催促の電話を受けた本人が、「今でましたよ!!」 と明言し、その家の前でひっくり返しているのだ。
Sさん、Hさん、どういうわけか二人からこの手の失敗で怒られた記憶がない。黙って焼きなおしてくれた。
今度会ったら聞いてみよう。なぜ怒らなかったのか。そして、ほんとはどういう気持ちだったのか。
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