この3ヶ月間で、3人の新人が入ってきた。10代が一人、20代前半が二人、日系のハーフが二人で、一人は日本人。共通しているのは、3人ともに極めて真面目なことだ。皆素直だし、遅刻もないし、汚れ仕事もいとわず一生懸命やっているのがよくわかる。自分の子供でもおかしくないこの3人だが、「若いのに真面目だなあ」 とつぶやいたところ、「え? たかおさんはどうだったんですか?」 と聞かれて、ふと、あの頃を思い出してみた。
「あと1年までならば浪人してもいいぞ。」 という、父のありがたい言葉に、「浪人は向いてないようだから。」 と、地元で3ヶ月バイトして貯めた金を持って上京したのはまだ19歳の夏だった。今にして思えばたいした金ではなかったはずだが、初めて稼いだ金なのでより懐が温かく思え、そのまま北海道まで行ってしまった。じつは札幌にはあてがある。東京で受験したとき、同じ宿だった釧路出身の男と意気投合し、屋台で飲み明かしたやつが札幌に居たのだ。
屋台で飲み明かす受験生と聞けば、当時のボクがどういう若者だったかの説明は必要はないだろう。そしてこの札幌の彼のアパートを拠点にして1ヶ月ほど北海道をオロオロしてたら、北国の短い夏と同じく、懐もすっかり寒々としてきたので慌てて東京に戻り、今度は予備校の宿舎で同室だった仲間のアパートに転がり込んだ。「寺山修司」と「三島由紀夫」 に傾倒し、アングラ劇にどっぷり浸かり込んでいたこの友はすでに昼夜を完全に履き違えており、居候の身にはことのほか都合がよかった。
この心優しき友は、寺山と三島の話さえボクがちゃんと聞けば、細かいことはなにも言わずに住まわせてくれたが、ボクのメシの世話までする余裕は当然ない。そこで重い腰をようやくあげ、職探しにでた初日。駅方面に向かったところ、最初の路地でうまそうな匂いに釣られてしまった。ボクの大好物、鰻屋だ。もちろん鰻など食べる予算などはないのだが、この店のドアをあけてしまうことになる。張り紙に、「アルバイト募集、時給5百円、食事つき」 と書いてあったのだ。そう、ここからボクの修行時代がはじまったのだ。
投稿者: 寿司豊味ととろぐ Sushitomi 投稿日時: 2011年8月21日(日) 01:21- 参照(141)
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