今日はPaloAlto全域が朝から停電でした。濃霧の中、Palo Altoの小さな空港から飛び立ったセスナ機が近くの送電線の鉄塔に衝突、爆発して墜落し、トランスミッションラインというのを切断してしまったためと言われています。事故の当事者および関係者には大変お気の毒なことでした。一方で、周辺社会にもいくばくかの影響があったわけです。こちらでは日本では考えられないくらい、ストームなどによる停電が珍しいことではないので、うちのようなバイオテックには非常用の発電機が備えてあり、停電になるとすぐにそれが立ち上がるようになっています。なのでほんの1,2秒で社内の電力供給は復活します。でも通常は長くても数時間程度での復旧を想定されているので、あまり長くは持ちません。今日は当初復旧の見通しがまったく立たなかったので、急いで燃料補給を手配して、夜まで持たせるようにしていました。ただ非常電源があるとはいっても、ラボとオフィスすべての電力ををまかなうのはちょっと厳しいらしく、また安定性にも欠けるというということで、ラボ関係はすべてシャットダウン、その他の場所も節電に努め、照明もかなり落とすことで、オフィスワークは可能でした。いくら備えがあるとは言え、実際にまる1日、自家発電で過ごせたことに私はちょっと驚きました。普段はいい加減なことがとても多いのに、やはり危機に強いというか、いざというときにはちゃんと何とかするアメリカ社会の一面かなとこういう時には感じます。ネット上の情報によれば市内の一般道の信号もずっと消えたままで、各所でかなりの渋滞が発生していた模様でしたが、私の知る限りそれ以上の大きなパニックも事件もなく、一日が過ぎていったようでした。とはいえ何とかならなかったところも多かったようで、市内のレストランなどは軒並みクローズだったようですし、ヒューレットパッカードやFacebookなど、Palo AktoにあるIT企業の多くも会社では何も作業ができなかったようです。それでも多くの人々は近隣エリアで営業しているカフェなどにラップトップを持ち込んだり、あるいは自宅から仕事をこなしていたと、ラジオでは言ってました。つまり多くの会社で、立派な社屋なんて実はいらなくなってきているのかも知れません。影響を受けた家庭では、フリーザーの中身を一気に処分する必要性に迫られたかも知れません。そんなこんなで非日常な一日でした。朝8時前に始まり、2万8千世帯を巻き込んだと報道された停電でしたが、約10時間後の夕方6時過ぎには(少なくともうちの会社は)無事復旧しました。大変な作業だったことと想像しますが、多くの人たちががんばってくれた結果なのだなと思います。

投稿者: A-POT シリコンバレーのバ... 投稿日時: 2010年2月18日(木) 00:29