の発見が、今年のノーベル医学生理学賞の対象となりました。協和発酵とGeronで、テロメラーゼ阻害剤および活性化剤の研究にトータル5年ほど関わった身としてはちょっと感慨深いものがあります。一応簡単に説明しておくと、テロメア(telomere)というのは染色体末端にある小さな塩基配列のリピートのことを差します。ヒトの場合はTTAGGGという6塩基が何千回、何万回と繰り返されています。細胞分裂の際にDNAがほぼ完全に複製されるわけですが、「ほぼ」であって本当に完全に複製されるわけではなく、DNAポリメラーゼは末端の一部を複製することができずに終わってしまいます。つまり複製のたびに、それぞれの染色体はちょっとずつ短くなっていきます。ある方法で染色すると、染色体の末端がホタルのように小さな粒状に光って見えるからか、漢字ではテロメアのことを末端小粒を書きます。ちょっとかわいいですよね。そのテロメアは、言ってみれば細胞分裂の回数券みたいな役割を担っています。なぜならこのテロメアが一定以上に短くなると、普通は細胞がそれ以上分裂しなくなるメカニズムがあるからです。しかし無限に分裂できる必要があるES細胞や各種の幹細胞などは、これでは困ります。そこでこれらの細胞では、短くなったテロメアを伸長する酵素が発現しています。これがテロメラーゼ(telomerase)。通常の細胞ではその遺伝子は発現していない(つまりその酵素は作られていない)のですが、前記のようにある種の細胞では発現しています。実は癌細胞が無制限に増殖するのも、ほとんどの癌細胞でこのテロメラーゼが発現しているからなのです。これも「ほとんど」であってすべてではないのがおもしろいところですが。癌というのは、普通の体細胞が突然コントロール不能な無限増殖を開始することで発症します。テロメア回数券のせいで、通常の体細胞は一定回数の分裂を終えると、普通はそれ以上分裂しません。ところがテロメアが限界まで短くなったあたりで、何らかのアクシデントによってテロメラーゼのスイッチがオンになってしまうことがあって、これが癌化の初期に起こっていることだと考えられています。ですから、このテロメラーゼの働きを抑えてしまえば、癌細胞もテロメアを使い切ったところで増殖が止まるはずで、しかもほとんどの正常細胞では発現していないので、癌選択性という点でも好都合。テロメラーゼはある意味究極の抗癌剤のターゲットになり得ると考えられます。でも私が知る限り、抗癌剤としてテロメラーゼ阻害剤の臨床開発を進めてるのは世界中でGeron社だけと思われます。これはもちろん、Geron社がテロメラーゼ遺伝子の特許を保有しているという知的財産権の問題も大きく関係しているのですが。一方、テロメラーゼを直接阻害せずに、テロメア伸長を阻害する方法もあります。DNAテロメア部分は、そのグアニンリッチな配列からG-カルテットと呼ばれるユニークな立体構造を取っていると考えられています。G-カルテットの詳細は省略しますが、この部分にふたをしてしまうような化合物があって、そうするとテロメアの伸長ができなくなって、結果的にはテロメラーゼの活性を阻害しているのと同じ効果があるというものです。多くの化合物が報告されていますが、おそらく臨床まで行っているものはないのではないがと思います。最近は詳しくフォローしていないので定かではありませんが・・・。テロメア、テロメラーゼは癌だけではなく、老化にも深く関わっていると考えられています。ともかくもノーベル賞受賞に至った研究ですから、医薬品に限らなくても、そこから何らかの具体的な成果に結びついて欲しいものです。ちなみにこういうものもありますが・・・。
投稿者: A-POT シリコンバレーのバ... 投稿日時: 2009年10月5日(月) 22:32- 参照(220)
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