NECのナスダックからの上場廃止が決定したようである。昨年からSECから要求されていたハードウェア、ソフトウェア、保守サービス一括受注案件の売上計上に関するバックアップドキュメントを整備できずに売上計上時期の説明がアメリカの会計基準に沿う形で出来なかったため。ちなみに日本市場では日本の会計基準にしたがっているので問題なく、もともとナスダックで調達していた金額もたいしたことないようなので、会社全体の資金調達に支障はない。念のためにいうと、NECの問題は売上水増し(架空計上とか)ではなく、いつ売上を上げるかというタイミングの問題。では、もっとも基本的な勘定科目といえる売上の計上基準がアメリカと日本で異なるのか? 基本的な考え方は同じで、販売が行われて売上が実現したときに(earn)したときに計上する。ただ、日本では何をもって売上が実現したのかの細かいルールがなく実務慣行に委ねられているのに対し、アメリカでは詳しいガイドラインが存在する。NECの問題を理解する前に、まずはアメリカでの一般的な売上計上の4要件を理解する必要がある。(1)売買契約&合意の存在:合意は法的拘束力を持ち取消し不可能である必要がある。口頭での注文、あるいは書面でも発注権限がない顧客担当者からの注文に基づいた場合、製品を納入しても法的拘束力のある注文書がない状態なので売上計上できない。(2)売り手から買い手への財・サービスの引渡し:例えば医療機器の売買契約でスペックの適合、品質検査、性能テストなどを受領の条件している場合は、納品してもすべての条件が満たされるまで売上を上げられない。仮にキャッシュを検収前に顧客から受け取ったとしても。(3)売買価格が確定:メーカーが小売店との売買取引に際し念書を交わし、小売で物が大量に残った場合、価格の事後修正を行うことが約束されている場合、メーカー販売時には価格が確定しているわけではないので売上計上出来ない。ただし実務上は、この事後価格修正額を合理的に見積もり、小売への販売時に、販売額と事後修正予想額のネットを売上計上していることが多い。(4)現金の回収可能性確保:例えば、メーカーが経営状態が思わしくない小売店に対し製品を押し売りしても、現金を回収するまでは売上を計上できない。さらに、この小売店に対して、経営支援の目的で貸付金などの形で資金援助をしている場合は、仮に製品売上に対する現金を回収できたとしても、それは貸付金の一部返済との区分がグレーなので、貸付を回収するまで売上計上できない。日本の基準で決算している会社がこれらの4要件にあわせて売上を見直すとそれなりに違いが出てくると思うが(とはいってもタイミングの違い)、バックアップの書類は何とか揃えられるのではないかと思う。ただ、ソフト、ハード、保守など幾つかの要素が組み合わさって単体で販売される場合、それぞれの要素をどのタイミングで売上計上するかに関してアメリカでは更に細かいルールが定められている。(設例)A社は下記アイテム(括弧の金額は顧客へ提供したのアイテム毎の見積もり金額)を一括して$1,000,000で受注、2007年3月にハード、ソフト納品、6月に設置完了、7月から保守サービス開始。ハードウェア、ソフトウェアは単体では機能せず、また、売買契約によれば設置をもって顧客に所有権が移転する。ハードウェア(500,000)ハードウェア設置作業(50,000)ソフトウェア(300,000)ソフトウェア・アップグレード権(購入1年以内) (ゼロ)2年間の技術サポート(150,000)この場合、製品に関しては出荷基準、設置作業に関しては作業完了基準、保守契約に関しては契約期間で按分、という形で売上をあげる日本の会社は下記のようなタイミングで売上を上げることになると思われる。3月:$800,000(ハード+ソフト)6月:$50,000(設置作業代)7月-12月:$37,500(保守サポート150,000×6/24)しかし、このアプローチはアメリカの基準では認められない。ある案件が複数の要素から構成される場合、それぞれの要素の公正価値(=単体で販売された場合の価値)の比率で要素ごとに案件の売上を分解し、その上でそれぞれの要素毎に4要件に当てはめていく。請求書の内訳=公正価値、とすることはできない。             公正価値                比率       売上金額配賦ハードウェア    400,000               33%          333,333 設置作業      100,000               8%          83,333 ソフトウェア         300,000              25%          250,000 アップグレード    100,000               8%          83,333 技術サポート    300,000              25%          250,000 トータル        1,200,000             100%          1,000,000上記の場合、アメリカの基準では下記のタイミングで売上が上がる。3月:ゼロ(ハード、ソフトは設置作業が済むまで所有権が移転しないのでこの段階では4要件の(2)を満たしていない)6月:$666,666(設置作業が完了し、ハード、ソフト、作業代の公正価値による按分後の金額を売上計上)7月-12月:$62,500(保守サポート分、250,000×6/24)アップグレード権$83,333は実際に権利が行使された時点で(あるいは1年経って権利が消滅して)、売上計上可能となる(4要件の(2))。問題は、多くの日本企業が、要素ごとの公正価値に関わるデータを整備していないだろうということ。請求書にアイテムごとの内訳が記載されていたとしても、それが公正価値と証明できなければならない。また、ある要素、特にソフトは常にハードとバンドルされて売られ、単体での販売実績がないかもしれない。販売実績があったとしても公正価値は比較的一定でなければならない。顧客によって値引き金額を大きく変えていたらそれは公正価値とは呼べなくなる。上記の例で言えば、ソフトウェアとアップグレード権の公正価値が不明だとする。この場合、状況によるが、ハード、ソフト単体で機能しないことから、これらは一体のものとみなして、750,000(1,000,000マイナス保守の公正価値250,000)は全てアップグレード権が消滅するまで売上が計上できなくなる可能性が高い。NECもハード、ソフト、保守一括案件でアイテム毎の公正価値のエビデンスであるVSOE(Vendor Specific Objective Evidence)を提供できなかったとのこと。事前に準備していなかったとすれば、これらの資料を事後的に整備することはほぼ不可能だろう。推測だが、NECは請求書の内訳金額=個々の要素の公正価値として売上計上していたが、SECからのヒアリングを受けて初めて請求書の内訳=公正価値、となるような辻褄合わせを開始したが、出来なかった、ということだろう。事務コストと資金調達額を考えると上場維持のメリットはないかもしれないが、日本の大企業の一つNECがアメリカの基準に沿う体制を構築できなかった、放棄したという事実は日本の基準がまだまだ緩いということを示し象徴的。じゃあ、アメリカの会社は、というとデルも売上計上絡みでリステート(決算訂正)したし、色々と迷走しているわけですが。

投稿者: シリコンバレー駐在日記 投稿日時: 2007年9月21日(金) 15:26