1985年 37歳の時私は日本人経営の歯科技工ラボに勤めていました。 社員全員で25名の会社でした。 これでも歯科技工ラボとしては割りと大きなラボでした。  社員の中に配達と石膏の仕事を担当していた大分県出身の女性がいて私より10歳くらい上だったでしょうか。 出身が同じ九州同士ということもあり、気さくで飾らない彼女の人柄が大好きでとても気が合いました。 ラボで昼食を済ますと午後の仕事が1時に始まる前に二人で近くのショッピングセンターに行きウィンドウショッピングをしたものです。 綺麗な方だったのにがらっぱちで大分弁丸出し。 自分の事を「わし わし」と言うので私達は彼女を「わしゃまりさん」と呼んでいました。 

8月も終わろうとする頃 女性社員6人でネバダ州のリノ市までカジノの旅をしようということになりました。 バンに2泊分の洋服と着替えを積み込むと私達はそれぞれ子供の事は夫に任せて修学旅行にでかける小学生のように嬉々としてサンボゼを出発しました。

年齢は30代から50代という6人です。 どのように部屋をとって何人一緒に寝たのか記憶にありませんが私達はカジノからモテルに戻ると交代でシャワーをとりパジャマに着替えて顔にクリームをすり込みながら又お喋りを始めました。 その時浴室からパジャマを抱えて出てきたわしゃまりさんを見て全員がびっくり! シャツの上にブラジャーをしているのです。 皆が口々に何故ブラジャーをシャツの上につけているのか聞きましたけどわしゃまりさんは照れ笑いをするばかりで理由は言いませんでした。 私もわしゃまりさんの格好を見てお腹が痛くなるくらい大笑いして理由は想像もつきませんでした。

あれから25年経ちました。 
先日シャツの上にブラジャーをつけている私をみた娘から大笑いされました。 この数ヶ月私もわしゃまりさんと全く同じ事をしているのです。 今になって初めてわしゃまりさんの理由が分かるようになったのです。 今は娘に笑わせておけばいい。  娘が60になって同じ事をするかどうかは分かりませんが もしするようになったらその時理由が分かればいい。 

今70を過ぎているであろうわしゃまりさんはまだシャツの上にブラジャーをしているのでしょうか。 私の想像ではもうとっくにあの肋骨を締め付けられるような窮屈感から自分を解放したことでしょう。 



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投稿者: カルフォルニアのばあさんブログ 投稿日時: 2011年9月12日(月) 08:59