昨日に引き続きC&EN 7月26日号の記事からですが、本記事は会員のみのアクセスなのでリンクはしません。新しい抗癌剤として最近一気に注目度がアップしているc-Met/ALK阻害剤について。新しい医薬品候補化合物の臨床開発において、患者数数10名程度のフェーズ2まではいい感じだったのに、対象を数100名から数1000名に広げたフェーズ3になると、残念ながら期待したような結果が出ずにドロップしてしまうことがよくあります。これは少ない患者数だと病状が比較的均質で、薬の効果が期待できそうなグループを作りやすいので、統計的にも有意な結果が出やすいのに対し、母集団が大きくなると、同じ病気でも様々な状態の患者さんが含まれてきて、薬がみんなに同じようには効きにくくなるので、統計処理したときに有意差がつきにくくなることが主な原因と思われます。通常新薬のフェーズ1は健常人のボランティアで安全性を確認しますが、抗癌剤の場合は最初から患者さんに投与します。ただフェーズ1やフェーズ2で効果が認められても、上記のような理由から、ドクターたちも過剰な期待をすることはなく、フェーズ3で効果が確認されて初めて認めてもらえます。ところが最近フェーズ1/2を終えたばかりのCrizotinib(ファイザー)という化合物が、にわかに注目されています。というのも、この化合物、肺癌を対象にしたフェーズ1/2で、既存の薬剤では効果がなかった80名の患者さんに投与され、なんと57%に奏功(腫瘍が縮小)し、4ヶ月間に渡って奏功または進行を止めた(現状維持)割合は90%近くにも上ったからです。各種の臓器に起こる、いわゆる固形癌に対する抗癌剤は通常、投与した患者さんの20%以上に効果が見られれば「効いた」と見なされます。それほど、よく効く薬が少ないのです。そんな中で、6割近くで縮小が認められるというのはかなり注目に値するわけです。実はここには、ある日本人研究者の仕事が大きな貢献をしていました。Crizotinibという化合物のオリジンは10年ほど前、当時Pharmaciaに買収されたばかりのSouth San FranciscoのSugenという会社で、James ChristensenとJean Cuiというメディシナルケミストたちのチームによる、c-Metというプロテインキナーゼの阻害剤を探索するプロジェクトの中で見出されました。同時期にPharmaciaはファイザーに買収され、彼らがLa Jollaのサイトに移って最適化を進めた結果、2004年にCrizotinibの創製に至りました。しかしファイザーでは、フェーズ1まで終えたものの、この化合物をどんな種類の癌に適用するかを決めかねていました。ところがちょうどその頃、自治医科大学の真野博之教授のグループが、ALKというキナーゼの遺伝子とEML4というタンパクの遺伝子がフュージョン(融合)を起こすことがあり、マウスではこのフュージョンが癌を引き起こすことを発見し、さらに、肺癌患者の7%で、このフュージョンが起きていることを明らかにし、ALKが抗癌剤のターゲットになることを提唱しつつ2007年Natureに発表しました。この論文発表を受けてファイザーはすぐに反応しました。このあたりが欧米の企業の凄みですが、一気にスクリーニングを行ない、上記のc-Met阻害剤Crizotinibが何とALKも強力に阻害することがわかったのです。しかもこれら二つのキナーゼは構造的にほとんど似ていないにも関わらず、です。これは単にラッキーとしか言いようがなく、医薬品開発には幸運も必要だといわれる所以ですが、一方で彼らがじゅうたん爆撃的なスクリーニングを敢行したからこその結果でもあります。この結果を元に、ファイザーはCrizotinibの治験対象をALKフュージョンを有する肺癌患者と定めます。そして最初の数名の患者さんが本剤に対して劇的なレスポンスを見せたのです。その一例として、自力では歩くことさえままならなかった患者さんが自宅での治療を経て病院に現れた際に、あまりの回復ぶりに担当だったナーズが最初その患者さんが誰だかわからなかったほどだそうです。その後の治験の結果は上述の通りで、すでにフェーズ3も始まっています。臨床治験に参加したある患者さんは、2年間に渡る治療の効果を自身のブログに記したり、またある患者さんはファーザー社でのイベントで、本剤を作ったDr. Cuiにハグしたなどのエピソードも。ただし抗癌剤の宿命である薬剤耐性は本剤においても例外ではなく、Gleevecなどと同様、長期投与するとだんだん効かなくなってきます。そこで早速Ariad Pharmaceuticalsでは、Crizotinib耐性になった肺癌に有効な、第2世代のALK阻害剤AP26113を開発中だそうです。ALK阻害剤が本当に一部の肺癌患者への朗報となるかどうかはまだわかりませんが、いわゆる分子標的薬のひとつとして、ぜひ成功して欲しいものです。
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